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一緒に考えよう!子どもたちが人生を前向きに歩んでいくための心の土台づくり(コラム連載vol.6 子どもの成長を妨げる過保護な関わり)
コラム連載vol.6
子どもの成長を妨げる過保護な関わり
もう何年も前の話ですが、高卒で入社してきた若者がいました。高校では「素直」「優秀」という評価を得ていたようで、確かに礼儀正しく、初見は好印象でした。
ただ、実際に仕事を始めてみると、何をするにも自分で決めることができない「指示待ち」で、「次は何をしたらいいですか?」が口グセでした。そこで、「次何をすべきか、自分で考えてみたら?」と言うと、固まってしまい、仕事になりませんでした。
なんで自分で考えられないんだろうと、いろいろ話を聞いてみると、学校の先生や親が言うことに従っていれば「素直だ」と褒められるから、わざわざ自分で考える必要がなく、言われたことしかできなくなったようでした。
これは「過保護」だと思いました。青年が考える前に大人たちが先回りし、考える機会を奪っていたのですから、当然考える力がつきません。
このような過保護は至る所に隠れています。親が学校の用意を全部してしまうと、自分で準備する能力が身につきません。積み木遊びで倒れそうになった積み木に親が先に手を出したら、失敗から学ぶことができません。「次はこのおもちゃで遊んだら?」と提案し続けると、自分の行動すら自分で決められない受け身のマインドになります。
子どもの遊びにしても勉強にしても、経験の多い大人はどうしても先が見えてしまい、口を出したり手を出したりしがちですが、このような過保護な関わりで成功するチャンスも失敗するチャンスも奪うことが、その子の自立的な成長を妨げてしまうのです。良かれと思ってやったとしても、です。
子どもは十分に甘えると、自立に向けて動き、何かに挑戦しようとします。その時に過保護に手をかけず、「親」の字の如く、木の上に立って見守るくらいの関わりが、その子の自立を促せるんじゃないでしょうか。
その挑戦が成功すれば「自分でやれる!」という成功体験となり自信がつくでしょうし、もし失敗したとしても、また親の元に戻ってきて甘えさせてもらえるという実感が得られたならば、自己肯定感が育まれ、そしてまた立ち上がり再度挑んでいくことでしょう。
かく言う私も愛娘を溺愛しておりまして、つい手をかけたくなってしまうんですが、一つでもできることが増えて、主体的に生きていける大人になってもらうため、グッと堪えております。その分、甘えてきた時にはどっぷりと甘えさせて自分のバランスを取っています。
次回は「人の顔色を伺うようになる過干渉な関わり」について考えます。
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コラムの筆者の紹介
前川 進介 さん
昭和53年(1978)丹波市生まれ
(株)みんなの村代表取締役
平成28年度から朝来市人財育成プロジェクトディレクターとして、ASAGOiNGゼミU-18の講師や、自己肯定感を育むための言葉かけなどをまとめたパンフレット『子どもたちの未来のために子育て中の私たちが今できること』づくりに携わっています。